青春18きっぷの旅2007夏
長 崎
→島原鉄道→博多
2007年7月27日(3日目)

青春18きっぷの旅2007夏
7月25日
水曜日
(1日目)
7月26日
木曜日
(2日目)
7月27日
金曜日
(3日目)
7月28日
土曜日
(4日目)

この日は5時30分頃に起床。


JR九州ホテル長崎のシングルルームの窓から撮影した長崎駅構内。

ホテルでもらった食事券を使い、
駅ビルのロイヤルホストで朝食をとった後、8時頃にホテルをチェックアウト。


長崎駅の改札口。

長崎から乗車する予定の列車は10時14分発(快速「シーサイドライナー」佐世保行き)で、
まだ時間に余裕があるため、昨日行けなかった出島へ。


出島の西端にある「水門」。


出島内部。向かって左には蔵が並び、右手には「ヘトル部屋」「カピタン部屋」がある。


出島の表門。

駅に戻って快速「シーサイドライナー」に乗車し、長崎を離れた。
約30分ほどで諫早に到着し、ここで島原鉄道に乗り換え。
改札外の自動券売機で、島原鉄道の列車・バス・フェリーが一日乗り放題の「島原半島遊湯券」を購入し、
11時17分発の急行加津佐行きに乗車した。
海が見える進行方向左側の席を確保し、あとは発車を待つだけ、
と思ったところでポケットに入れていたはずの携帯電話がないことに気づいた。
駅の改札へ戻って落し物として届いていないかどうか尋ねるも、届いていないとの回答。
急行列車に戻ったものの、これ以降は携帯電話の行方を気にしながらの旅となってしまった。


加津佐行き急行「しまばら号」。当時のダイヤで下りの急行はこの列車だけだった。


多比良町駅の南島原・加津佐方面ホームにある「サッカーの町くにみ」の石碑。
なお、国見町は2005年に周辺の町村と合併して雲仙市になっている。


南島原駅構内に停泊していた、国鉄風塗装の車両(キハ2003)。


南島原駅構内にあったワム80000形貨車(ワム80001)。


島原外港駅の駅名標。
秩父が浦方面は2008年3月31日限りで廃止され、現在はこの駅が終点となっている。
[2015年に再訪した際の様子]


安徳→瀬野深江間のわれん川に架かるわれん川大橋と安新大橋。
安新大橋は完成から10年で使命を終えることとなった。


安新大橋の上から有明海を望む。


2008年3月31日までの終点、加津佐駅。


加津佐駅とバンガロー村。


加津佐からはバスで島原半島の西側を回って諫早駅に戻ってきた。

諫早からは普通列車で終着の鳥栖まで移動。
鳥栖でようやく携帯電話の利用停止の手続きをした後、
(携帯電話の行方ですが、どうやら快速「シーサイドライナー」の中で落としたらしく、
後になって佐世保駅に到着した快速「シーサイドライナー」から発見されたという連絡を受けました)
19時18分発の普通門司港行きに乗車。
二日市から快速小倉行きに乗り換え、20時5分に博多着。
遅めの夕食としてホームで立ち食いラーメンを食べた後、帰宅ラッシュで混雑する列車を数本見過ごした。


博多駅2番のりばの発車案内板。
「門司港」「小 倉」など九州の駅名が並ぶ中で、この時期になると現れていた「新大阪」。
2008年3月に「京 都」(寝台特急「なは・あかつき」)が消え、
「東 京」(寝台特急「はやぶさ・富士」)も2009年3月廃止が規定路線といわれていた中で、
「新大阪」も2008年度の年末年始を最後に廃止された。
2016年3月ダイヤ改正での東北・北海道方面の夜行列車全滅が確定し、
2016年4月以降定期列車および季節列車として残る見込みなのは
東京−高松・出雲市間の寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」
東京−大垣間の快速「ムーンライトながら」だけとなった。
ただ、臨時増発や運転区間延長が行われるなどポジティブな話題の多い「サンライズ瀬戸・出雲」に比べ、
「ムーンライトながら」は徐々に運行日数が減っており、いつ廃止されてもおかしくない。

閑話休題、20時36分に快速「ムーンライト九州」が2番乗り場に入線すると早速乗車。
約3分後、快速「ムーンライト九州」は博多駅を発車した。
快速「ムーンライト九州」はほぼ定刻通りに進み、
22時36分に関門トンネルを通過。
山陽本線の四辻駅を通過中に日付は7月28日となった。<4日目に続く→

New Yen Town Station
-The Archives of Travel with "Seishun 18 Ticket"-
<2日目 青春18きっぷの旅2007夏 4日目>
青春18きっぷの旅トップ